2024/07/12

 

シメジシミュレーション

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「名前がつくということ」「自由であるということ」

何かを類型化して総括したような気になるのが得意です。これは私に限らず、多くの何某かに触れるすべての人間が大なり小なり手に持つ能力です。日々新語は増えて、風景は変わって、商品は発売されて、人は死んで、道は均されます。とても慣れた、生活の前進です。世界は、日々自由になっているでしょうか。私たちは言葉に囲まれて生きています。足場の安定したコンクリートとアスファルトの上に立っています。

シュルレアリスムという少し昔のとある思想があります。かつて言葉を自由にしようとした人によって謂われた考え方でした。はじめそれは自動筆記によって書かれました。交わるはずのなかった言葉が交わり、連関を持ち、散文とも詩とも純文学とも違う、でもその全てであるかのような実験でした。あるはずのないことが当たり前のように起きて、でも文法や単語のパーツは維持される。それはゲームのあるべき構造を持っていました。結果としてこの運動は色んな媒体に展開されていって、そしてやんわり終わっていきます。今では古典的で、懐古主義とも揶揄れます。

さて、世界は自由になっているでしょうか。あの時から今まで、現代美術はあるときまで破砕と分解の限りを尽くして前進しました。今、身の回りを見渡してどうでしょうか、世界は壊れているでしょうか。名前がないものに囲まれているでしょうか。私たちは何を選び取って生きているでしょうか。

シメジシミュレーションは百合漫画です。あ、まってください。ブラウザバックしないで。でも全景を指す言葉として他に適切なものがあまりないのです。所謂セカイ系と形容できないくらい、これは構造のお話だと感じられたのです。よくあるお話ではあります。すこしおかしな特徴をもつ主人公とその周縁の人たちのちょっとファンタジー学園日常モノ。ですが、各単話の示唆する事象がひとつの構造のもと展開されているのです。それは伝達が具現化したり、学校が縦になったり、地球に穴が開いたりするような。主人公の姉は、世界が自由になることを望みます。ですがそれは”そこ”からの脱出でもなく、”全て”の破壊でもなく、ただ前に進んで願った後の、ただの結果でした。マトリックスもエヴァンゲリオンも彼女の望んだ結末ではなかったでしょう(これがセカイ系で言い表せない所以であるとも思います、彼女は哲学者でも科学者でも数学者でもなく、芸術家でした)

庭師さんという世界の維持者は、今ある世界の継続を望みます。これはいろんな創作物に出てくる彼らとは少し違う感性を持ちます。彼女もまた願いを持つ者でした。恐怖や諦観から現状維持をするわけでなく、ただ望んだ世界のために動きます。そしてある程度の自由を許容し、最期には崩壊も受け入れます。最期まで彼女がこの世界の外側を知っているかは語られませんが、自由の虚しさを知っている人ではあるように思われました。何でもできることは、何もすることが無いのと同様です。秩序を重んじ構造を信奉する姿は姉と本来敵対するはずではなかった数学者や科学者に近いものに見えました。

世界の自由にはバランスがあるのかもしれません。

さて、実は上記の構造主義っぽい話は本質でありません。嘘です。実際のところは分かりません。でも彼女らの喧嘩の只中で主人公は多くの”分からなさ“に対峙します。主人公は彼女のまじめちゃんを含めた内側の”外の世界”に少しずつ向き合います。何か正解を求めたり、前進したり、懐古したり、それらをひっくるめて全部が”わからない”ことに対してとても内向的に、でも外発的に誠実であることを、それを望んだのです。この関係性はもう...こうね...ここを私は百合って言ってるんですけど、それは性別とか在り方とかじゃなくてもう...めちゃくちゃ尊いじゃないですか この関係性そのものが (誰かを受け入れるってとても重いと思うんですよね、しかもこれは物理的にというか形而上学的にな感じなので尚更(絵はこれができるのでとても良いな と思います))

わからなさに向き合うということ。

今これがとても大事なことな気がしています。もう、自由屋さんと秩序屋さん(便宜的にこう分類しますけど)の相容れなさを差し置いても前が見えづらいと思うのです(そりゃ仲が良かったらそれに越したことはないかもですが)でも、根源的な”わからなさ”に対峙するのもわりとあるべき道なのかな...とも思うのです。4,5年くらい名前をつけるのが怖いと言い続けているのも大枠同じことです。(“それ”のための”それ”になるのが自由だと思っていたのが去年あたりで、シュルレアリスムもシメジシミュレーションもそれの後なんですよね知ったのが(遅い) とてもとても嬉しかったのですよ、先人が居るのが)

そういう感じでシメジシミュレーションが大好きになったのでした。好きなものの話でした。