模型の町の模型
----------------
用事があって都心へ行きました。インターンで行っていた事務所で2年ぶりくらいに話して、何だか変な感じでした。事務所は4階から3階に引っ越していて、少し広く軽い感じになってました。いくつかの模型が天吊りになっていたのもあると思います。時間の重みと手の動きが質量を伴って存在している感じが好きで、模型は好きな媒体です。逆に彫刻はあまり惹かれるものが多くなくて、ちょっと不思議な感じです。
・とても広い敷地の大きな模型。コンタで起伏を出してる割にはとても緩やかで、建築物がとてもかわいく見える。
・構造ディテールの見える中型の模型。構造体が空間の見えに直結するものが多いS造とかだと結構よく見る。綺麗だけれど模型としての面白さは減る。
・スタディ模型。原形質だけがある、スケッチの集積。多分私の行為に一番近い。
最近、「模型の町」って漫画を読みました。オムニバス形式なのですが、その中の表題作が「そう!そうなんですよ!マジで!」って一人部屋で言うくらいそのまま見たかったもので。で、ギャラリー間とかにも行った後だったので、手触りは十二分だったのですが、漫画に勝てないな、というか適合しすぎてて他媒体でどうしようもないな。って納得しました。あとはVRくらいかもです。少なくともインスタレーションはかなりツラいです。
って思ってたところでちょうど変な授業を受けていました。写真の現像です。やったことある人は分かるかもですが、現像は写真を「組み立てる」行為です。要はフィルムのネガをそのままポンッって印刷できるものではないのです。というか「写すって何や」ということを問われます。印画紙に感光させるってだけで意思が介在するので、「何がしたいか」でそれが何であるかが決まります。コンセプトで目が変わるというか、答えの立ち位置が根っこから変わります。
ちょっと思ったというか、これも全然別の話なんですけど、印刷、というか紙も結構すごいぽいです。どの紙を使うかで雰囲気決めるとかじゃなくて、根本的にそれが何であるかを規定する。エグいです。
最近の自己トレンドみたいなものというかちょっと言い直した言葉遊びで「私は何をしてるんだろう」みたいなのがあります。きゃぷしょん・ばりえーしょんはその一種です。
キャプションって異常じゃないですか。
で、今までも大体そういうことを言ってるので。模型もキモイですし、CGもそれだけでヤバいです。
最近は写真と映像と空間とをバラバラやってたらバラバラになってしまってどうしようかな、となってます。
でも自己言及は現代美術あるあるでもあります。
本は図像と文学の模型の集合の模型です。何たって手で触れます。フィルムカメラは目の模型で、鏡は反射の模型です。
この文章はただのこじつけかもしれません。